21年目の栄光

越本隆志の軌跡

21年目の栄光

 

21年目の栄冠

  「みんな見てくれっ! 俺の最高の親父を!」。2006年1月29日。輝くチャンピオンベルトを腰に巻いた越本隆志は父(英武)の手を誇らしげに持ち上げると、総立ちの観客に向かってそう叫んだ。
35歳24日という、日本人最年長王座奪取の大幅更新(これまでは輪島功一の32歳9ヶ月)。日本人では史上初となる親子鷹による王座獲得。また、九州のジム所属ボクサーが世界王者になったのも初めて。さらに世界的に最も層が厚いといわれるフェザー級(57・15キロ)では、柴田国明以来36年ぶりの日本人王者と、まさに記録ずくめの世界王者誕生。しかし観客が感動したのは数々の記録のせいではない。地元にこだわり、小さなジムで世界を目指したボクシング親子が、21年もの歳月をかけて夢を叶えたからだ。しかし当然、親子の道のりは平坦ではなかった。
幼いころに両親が離婚した隆志は、父方の祖父母に預けられて育った。父は長距離トラックの運転手で、さらにボクシングのトレーナーをしていたので、ほとんど家に帰ることがなかったからだ。ボクシングを 始めたのは中学2年。父がジム経営を始めたのがきっかけだった。「家がジムだったから、なんとなく俺もボクシングをしなければいけないのかなと思って…」(隆志)。父と暮らしはじめても「俺の親は、じいちゃんとぱあちゃんだけ」という思いは消えない。それでもようやく見つけた自分の居場所。少年時代の隆志はそれを守るのに必死だった。父・英武は、初めから彼をプロボクサーにしようとは考えていなかった。「甘い世界でないことは自分がいちばんよく知っていましたから(現役時代の戦績は1敗1分け)。まあ遊び程度にやればと」(英武)。

 中学の卒業式の前日、「スパーリングがしてみたい」と申し出た隆志に、父は相手にたまたまジムに遊びにきていた元日本王者を選んだ。ボクシングの怖さを教えようと思ったのだが怯えるどころか、ひるむことなく立ち向かっていった。「15のガキが、衰えたとはいえ元日本王者相手に真っ向から打ち合ったんです。息子ながら恐ろしさを覚えましたし、同時に『こいつは絶対モノになる」と確信しましたね」(英武)。
この日を境に父のスパルタが始まった。学校をサボろうが成績が下がろうが文句は言われない。しかし練習に遅刻しようものならバケツで頭から水をかけられ、バットで叩かれたりもした。それでも隆志は黙って従った。「心の中に、母親に捨てられた、っていう意識がものすごく残っていた。だからこれで親父にまで見捨てられたら、『本当にひとりぼっちになってしまう』という恐怖心がすっと離れなかったんです」(隆志)。
しかしそんな気持ちでボクシングをしても当然長続きはしない。隆志は高校卒業と同時に家出を決行。以後2年8ヵ月もの間、音信不通の状態となった。「もう親父の奴隷でいるのは限界やった。ボクシング自体は嫌いではないけど、家がジムである以上、二度とできないと思った」(隆志)。
隆志はフリーター生活を始めた・・・第二回に続きます


文 スポーツライター会津泰成氏

 

 

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